すっげ、疲れた。
と、頭の中で思いつつも俺は木々の間を飛び回っていた。
イルカの任務に同行して里に帰ってきて即日、カカシは暗部の副総隊長に任命された。
新手のいじめですか!?と思った。それはそうだろう、火影の正式な指示もなく飛び出して行ったのだから少々の罰則も覚悟していた。が、なんで副総隊長に任命なんだよ、わけわかりません。
副隊長としての日々は本当に拷問に近かった。来る日も来る日もその責任ある肩書きに伴って動き回らねばならないし部下の采配や全体の総括に気を配らなくてはならない。そんなの全部総隊長の仕事だろ!と言いたくなるようなことまで見習いだからとやらされる。
近頃じゃイルカの飯ですら食べられない。前回食べたのは何ヶ月前か...。
思ったら少し泣けてきた。罰則にしたってこんなのってない。ひどすぎるよ、俺の唯一の心の安らぎがあぁぁ...。と叫びだしたいが如何せん今は深夜の1時である。
帰還の途中で今はもう里内に入ってきているから奇声なんて上げたら近所迷惑だ。TPOはそれなりに守っている。暗部なんて結構たがが外れてる連中と思われがちだがそれなりに気を遣ってんのよ?血臭がついた体で人前に出ないようにするし、任務帰りで殺気立ってても人に当てつけたりなんかしないんだから。
でも、本当に疲れた。家に帰ってあとは寝るだけだったけど、なんだか腹が減ってきた。さっきイルカの飯がどうのと考えてしまったせいだろう。
自分で墓穴掘ってどうするんだろうなあ。しかし自分で何かを作ったりなんてする気力ないし、だからと言ってこんな深夜にイルカを起こしてまで何かをたかろうなんてそんな鬼畜めいたことはできない。親しき仲にもなんとやら、とね。なまじイルカには前回色々と心労もかけちゃったし、暗部の俺ってのはもっとすごいんだぜ?という意識というかプライドみたいなものがあるからごねることはできない。っていうかしたくない。
なんて言うのかな、かっこいいところを見せたいっていうのかな?子どもっぽいとか思われるかもしれないけど、これって結構重要なことよ?向上精神っていうのはそういう所で培われていくんだから。
なんてもっともらしく考えていたものの、やはり空腹には変わりない。
こんな時間にやってる店なんてあるかなあ?色街に行ったら居酒屋とかあるかもしれないけど、俺、未成年だしなあ。あんまりそういう店に未成年の俺が1人っきりで入るってのはよろしくないだろうなあ。四代目の教育の賜物かどうかは知らないけど、忍びの三禁である酒、女、金はきっちり節度は守っている。俺って結構いい子だよなあ。
あー、だめだ、やっぱ腹減ったなあ。
里内をきょろきょろして何か店はないかなあ、と目をこらす。
ふと、いい匂いが漂ってきた。暗部の中でも鼻はいいのでかなり遠くても匂いはかぎ分けられる。
えーと、この匂いは...ラーメンか?
俺はその匂いに誘われるままに足を向けた。
そしてたどり着いた。こんな時間でもちゃんと店はやっていた。時間は時間なだけに客はいない。あ、俺がいるか。えーと、暖簾を見ると一楽、ふーん、聞いたことないなあ。っていうか外食ってあんまりしないから俺が知らないだけだろうけど。
俺は暖簾をくぐってカウンターに座った。

「らっしゃい。なんにしますかい?」

いせいのいい親父の声が響いた。や、そんな声上げたら近所迷惑にならない?でもまあ、店だし、別にいいのかなあ。
店のメニューを見る。うーん、みそとしょうゆと塩と、あとチャーシューかあ。今日は肉っぽいのは嫌だなあ。っていうか俺、あんまり肉って好きじゃないんだよね。食べられないことはないんだけど、やっぱりこの仕事に就いてから生々しいものいっぱい見てるし、中には結構おぞましいものまで見たことあるしなあ、トラウマってわけじゃないんだけど、俺もナイーブな一面っての?持ってるからね。
よし、しょうゆにしよう。

「じゃあしょうゆ一つね。」

言うと親父はしょうゆ一丁!とこれまた元気よく返事して取りかかった。
鍋から上がる湯気が暖かみを感じさせる。

「いつもこんな時間まで店開いてんの?」

聞けば親父はそうだよ、と気軽に返事してくれる。

「昼飯時から3時まで、それから中休み入れて夕飯時から深夜までね。ま、それでも忍びの人たちから見ればまだ規則的だろ?」

確かにね、俺たちは命令されれば何日でも不眠不休でいなければならない時もあるし、昼夜逆転なんてざらだ。
でもそれだけ融通利くこともある。サービス業で接客業であるこういう商売もそれなりに大変だろうに。

「へい、おまち!」

そんなに待たずにラーメンは来た。いい匂いだ、暖まりそう。
俺は割り箸を取った。と、そこで俺はとんでもなく間抜けなことをしでかしたことに気が付いた。
暗部面、付けたままだ。いや、食べるのに暗部面は少し上げれば食べられるんだよ。伊達に暗部を何年も勤めてるだけあって、面を着けてても食べることが出来るようになっていた。
問題はそこじゃなくて、俺、暗部のままの恰好なのに、この親父、普通に対応してたよなあ?

「どうした、食わねえのかい?冷めちまうよ。」

親父がにっと笑っている。目が見えないとかそういうわけじゃなさそうだし、忍びの話しをしてたくらいだから少しはこの業界のこと、知ってるよなあ?

「えーと、俺、ごめん、暗部なのに、」

「ばかやろうっ、暗部だろうか火影様だろうがラーメン食いに来る客は客だっ!」

あー、なんかいい親父だなあ。唐突に暗部姿を見せてびびらなかったのイルカ以来だよ。
俺はありがと、と小さく言ってラーメンをすすった。
...。
やべっ、うまっ!!これかなりのうまさだよっ。イルカの家庭的なうまさもいいけど、このラーメン、かなりいい味だ。きっとこの味出すのに色んな苦労したんだろうなあ。ラーメン一杯にかける情熱っていうものが染み込んでる気がする。
ははあ、これはいいめっけもんしたな、俺。
俺はずるずる、はふはふと言いながら麺をすすり、スープを飲む。
ほどなくしてスープ一滴残さずに完食した俺は、ぷはあ、満足満腹、と大きく息を吐いた。

「親父さん、うまかったよ。あんがと。」

俺は勘定を済ませると店を出た。

「またどうぞ!」

後ろで親父のいせいのいい声が聞こえた。うん、また来るよ。今度はイルカも連れてこよう。きっと喜んでくれる。
俺はふふーん、と鼻歌交じりで跳躍して自分の家へと帰った。

 

それから数週間後にその機会は訪れた。
ここ最近ずっと休み無しで働いたご褒美かどうかは知らないが、3日の有給をもらった。3日続けての連休なんて本当に久しぶりだ。ま、それまで本当にずっと働き詰めだったんだからこのくらいは甘えてもいいかな、と思った。
が、最初の一日目、イルカは里外に任務で出ていたようで、不在だった。仕方ないのでその日はアスマの家に行ってタダ飯食った。
そして翌日、イルカは帰ってきた。ぼろぼろだった。
イルカの家の前に座って待っていた俺はその姿に一瞬うわ、大丈夫か?と心配になったが、どうやら体力気力共に疲弊していたものの、大きな怪我はないようだった。

「イルカおかえり〜。」

言うとイルカはただいま〜、と気の抜けたような返事を返して、にっ、と笑った。うんうん、元気なようだ。

「カカシ、今日休みなのか?」

玄関の鍵を開けながら言うイルカに俺はうん、そう、と返事をする。

「そっかあ、最近ずっと働きっぱなしだったもんなあ。でもごめん、今日はちょっと飯作ってやれるだけの体力残ってない。」

イルカは玄関先に荷物を降ろしてその場に座った。こりゃ本当にお疲れのようだなあ。

「大分お疲れみたいだね。」

「まあなー、ま、それだけ忍びとしての能力買ってもらってるってことだからなあ。」

イルカの顔はまんざら俺も捨てたもんじゃねえだろ?と物語っている。

「んじゃ、今日は俺が飯食わせてやるよ。」

俺が言うとイルカはげっ、と声には出さなかったが顔に出して言った。

「なにその顔。」

「や、別に、」

イルカは不自然に顔を逸らした。